… 愚か者 … 4
自分でも、どうして、そんなことをしてるのか分からなかった。
佐野に親しくしてる人間がいたっておかしくはない。
なのに、妙な胸騒ぎに何故か俺は佐野達の後をつけた。
自分達の後ろを少し離れ歩く俺に気付かないまま、佐野達は賑やかな通りを抜け、
人気のない裏通りに入っていく。
俺のこめかみはさっきからズキズキと痛み始めていた。
この先に何があるかは知っていた。
まさか、そうだ、抜けて行くはずだ。
必死に自分に言い効かせる。
だけど、そんな俺の期待は裏切られ、建ち並ぶホテルの一つに二人は入って行った。
あの日、二人が消えてから、どれだけの時間、俺はそこに立ち尽くしていたか覚えていない。
『羽賀』
いきなり、俺の周りは真っ暗闇に変わり、俺の名前を呼ぶ佐野の声に俺は振り返る。
あぁ、なんだ。
佐野はここにいるじゃないか。
ちゃんと俺の側に。
『なんだよ。お前、どこにいたんだよ』
振り返って見た佐野の笑顔に安心し、佐野に笑い返す。
『羽賀、俺…』
だけど、笑い返し佐野の肩に手を置こうとした俺に佐野は困ったような顔をした。
『佐野?』
『俺、好きな人が出来たんだ。だから、今までみたいにお前とは会えない』
『なんだよ、それ…』
『もう子供じゃないんだ。何時までも一緒にはいられない』
『佐野』
『じゃあ、その人が待ってるから。俺、行くよ』
佐野は俺に背中を向ける。
『佐野、待てよ』
俺から離れて行く佐野を止めたくて俺は佐野の後を追う。
『佐野!』
だけど、あっという間に佐野の姿は小さくなって。
『佐野!』
真っ暗闇の中、俺は一人取り残され、何度も何度も佐野を呼ぶ。
と、聞き慣れた機械音が暗闇の中、響き渡った。
頭上から聞こえる携帯の着信音の煩ささに手を伸ばし手探りで携帯を探す。
そして、探し出した携帯を掴むと通話ボタンを押し、俺は携帯を耳に当てた。
『もしもし、羽賀?』
「…あぁ…」
『もしかして、寝てたのか?』
「あぁ…あ、大丈夫」
そうか、さっきまでのは夢だったのか。
「もう、終わったのか?」
『あぁ、今から会社出て、そのままお前の所に行くから』
「なら、迎えに行くよ」
相変わらず携帯越しでも佐野の声は耳に心地良い。
『いいよ。お前、寝てたんだろ』
「いいって。迎えに行かせてくれよ」
携帯越しに聞こえる佐野の困ったような溜め息。
『分かった。じゃあ、近くのスタバで待ってるから』
「了解。多分、一時間くらいでそっち着くから」
『あぁ』
佐野の苦笑混じりの声の返事を聞き、携帯を切る。
そして、休日出勤を終えた佐野を迎えに行くために俺はベッドから起きると身支度を整え
マンションを出、車に乗り込んだ。
ホテルに入って行った佐野を見るふた月前から俺には付き合っていた女がいた。
何時までもふらふらしている訳にはいかないと俺なりに考え、選んだ彼女だった。
それなりに真剣だったし、大切にもしていた。
だけど、あの日、佐野を見てから全ては狂った。
彼女を抱きながら考えていたのは佐野のことだった。
俺の知らない男に抱かれ、佐野はどんな風に声を洩らし、どんな風に乱れるのか。
『女の子は苦手なんだ』
合コンに誘う俺達に佐野はいつも決まって困ったように笑いながらそう言った。
『彼女くらい作れよ』
俺は女くらい作れと言いながら、一向に女っ気のない佐野にどこかで安心していた。
一人暮らしを始めた佐野のマンションに遊びに行く度に女の気配がないか捜していた。
多分、無意識に。
佐野とセックスは俺の中では対局にあるものだった。
なのに、対局にあったからこそ、それが結び付いた瞬間から俺はそれから逃げられなくなった。
『別れましょう。他に大切な人がいるんでしょ?』
佐野を見てからひと月後、静かに笑いながら彼女はそう言った。
俺は何も言えなかった。
彼女と別れてから俺は自分を持て余した。
今更、自分の気持ちを認めるのも怖かった。
だからといって、気付かなかった振りをして元の生活には戻れなかった。
だけど、あの男と佐野が続いていたら。
佐野があの男に惚れていたら。
どうしていいかも分からず、酒に逃げては手軽な相手を見付け、寝た。
だけど、佐野以外を抱けば抱くほど佐野に飢え、佐野に会いに行った。
佐野のマンションで無防備に眠る佐野を俺は薄闇の中で何度も見詰めた。
意識しなかった時には何でもなかったものが意識しだした途端、意味を持ち始めた。
静かに眠る涼しげな顔も薄い唇も男にしては細い身体も全てが俺の欲望を刺激した。
このまま
このまま、眠る佐野の上に覆い被さり組伏せたら佐野はどうするだろう。
いっそ
そんなことを何度も考えた。
何度も同じことを繰り返し、想像の中で佐野を汚す。
想像の中の佐野は熱っぽく俺の名前を呼び、俺の腰に足を絡ませ切なく鳴いた。
何度も
何度も
限界だった。
だから、あの日、俺は佐野のマンションに行った。
『お前自身で確かめろよ』
挑むような目だった。
そして、その目は俺の理性を簡単に壊した。
セックスなんて初めてじゃないのに。
佐野に触れた瞬間、どれだけ佐野を欲しがっていたか俺は思い知った。