… God bless you … 3
英二はその気にさえなれば全てを手に入れることが出来るのにそれを望まなかった。
明日、死ぬことさえも厭わない。
そんな享楽的で退廃的な英二の生き方に憧れはしたものの、結局、凡人の俺に英二のような
生き方は出来なかった。
それに人はいつまでも子供のままではいられない。
年齢を重ねれば重ねるほど、人間は安定を求める。
それは逃げでもなんでもなく、俺にとっては否定出来ない事実で。
享楽的な人生を送る英二と安定した穏やかな人生を求めた俺の関係は一年で終わった。
英二と会わなくなって四年が過ぎた。
英二の携帯の番号も今ではもう思い出せない。
でも、英二のことと英二と過ごした日々は忘れていない。
何故なら、英二と過ごした日々は楽しくて、刺激に満ちていて、俺の人生の中で一番
輝いていたからだ。
英二とあの日、出会えたからこそ、今の俺はいる。
英二と出会えたからこそ、俺は自分が一番求めているものに気付いた。
そう、一番欲しかったものを手に入れた。
遠藤さんと出会ったのは二年前だった。
六歳年上の遠藤さんは取引先の営業マンでどこにでも転がってるありきたりな出会いだった。
会社同士の親睦会で何度か顔を合わせる内に打ち解けて、一年前に食事に誘われた。
英二といる時のような刺激はなかったけれど、代わりに静かな穏やかさがあった。
何度も食事をして、お互いの話をして、受け入れて貰えない覚悟でした中学生のような俺の
告白に遠藤さんは照れた笑顔を浮かべて
『俺でいいなら』
と言ってくれた。
遠藤さんは優しくて、俺を包んでくれる。
その穏やかな優しさは俺が今まで付き合った人間から貰ったことのない優しさで、俺が
ずっと欲しいと願ってきたものだった。
『クリスマスは一緒に過ごそう』
クリスマスの一月前、ベッドの中で遠藤さんはそう言ってくれた。
その遠藤さんとの待ち合わせの時間までにはまだ三十分はある。
少し早く待ち合わせ場所に着いた俺は時間を潰す為に待ち合わせ場所の近くにあるブックストアに
ふらっと入った。
これといって欲しい本もない俺は適当に歩いて、雑誌の置いてあるコーナーで立ち止まり、
雑誌を物色する。
しかし、時間潰しの為に立ち寄ったブックストアの一画で俺は懐かしい男の名前を見付けた。
その懐かしい名前が載っている雑誌は俺の周りの人間にも愛読者の多い雑誌だった。
俺も時々買っているその雑誌を手に取り、ページを捲る。
懐かしい顔と名前は雑誌の特集のページにあった。
“現代(いま)をしなやかに生きる男達”という特集のページには少しだけ目尻の皺が
増えた懐かしい笑顔と“フォトグラファー宮本英二”という名前。
英二がフォトグラファーだったことは知っていたがここまで有名になってるとは思わなかった。
自分の知り合いが雑誌の特集に載っているという妙な誇らしさと懐かしい顔を見れたという嬉しさに
俺は待ち合わせのことも忘れ、英二のインタビューを夢中で読んでいた。
「やっぱりここか」
頭上から聞こえてきた低めの優しい声に俺は驚いて顔を上げた。
「あ…」
「俺との約束を忘れるほど、その雑誌は面白いのかな」
「ごめんなさい」
「冗談だよ」
遠藤さんとの約束も忘れ、雑誌に夢中になってしまったことを慌てて謝った俺の頭をクシャと
撫で、遠藤さんは微笑むと雑誌を覗き込んできた。
「宮本英二だね」
「え?遠藤さん知ってるんですか?」
英二の名前をスラリと言った遠藤さんに俺は驚いた。
「あぁ、彼の写真が好きなんだ。写真集も持ってるよ。それにその雑誌も
時々、買ってるしね」
「俺も時々、買ってます」
「じゃあ、それを買って帰ろう」
俺の手から雑誌を優しく奪うと遠藤さんは俺の肩に手を回し、俺をレジに促した。
クリスマスをどう過ごしたいか遠藤さんに聞かれた俺は遠藤さんのマンションでゆっくり二人で
過ごしたいと言った。
誰の目も気にしないで大切な人と穏やかにクリスマスを過ごす。
それは俺の小さな夢だった。
豪華なディナーも高いプレゼントもいらない。
ただ、大切な人と二人で過ごす。
そんな小さな俺の夢に遠藤さんは微笑って頷いてくれた。