… 
pleasure …










一週間振りに味わう恋人の身体はやはり俺を酔わせる。

寝室に入り、美月を抱き締めた後、どちらともなくベッドに倒れ込んだ。
唇と舌で辿った場所は全て出来立てのワインのように瑞々しい味がした。

いつものようにお互いを高め合い、身体を繋げる。
お互いの身体が今ではすっかり馴染んで初めて抱き合った時とは又、違う快感を
もたらす。
抱けば抱くほど俺の手に馴染む美月の肌と身体は俺をいとも簡単に悦楽の渦に
巻き込んでいく。

もっと快楽に乱れる姿と声を聞きたくて恋人の腕を掴み身体を引き起こす。
そして、美月の身体と入れ違いに俺は自分の身体をピローに預けた。

美月が一番、感じ、乱れるのは俺を見下ろしながら自ら腰を揺らめかせる時だ。
その自ら腰を揺らめかせる淫らな恋人を見上げながら切なく濡れそぼる恋人自身に
俺は指を絡めた。

「…あっ…っ…」

俺の指が絡まったことに新たな快楽を求め、美月の腰の動きが変わる。
俺を銜え込み、どこまでも貪欲に快感を追う恋人に悦楽を与えているのは俺だと
いうことを分からせたくて俺はわざと指の愛撫を止めた。

「……やめな…で…っ」

なまめかしく色付いた唇が懇願の言葉を洩らす。
俺の胸についていた美月の手が離れ、途中で放り出された熱の解放を求める為に
俺の手に重なる。

「…我慢が足りないんじゃないか?」


余裕のはずだった。

数えきれない肉体に於いての経験値は美月を抱く度に無意味になっていく。
自分が思う以上に掠れた声で問うた台詞は俺が美月に溺れている事実を改めて
認識する結果にしかならなかった。

「…光輝さん…っ」

美月が濡れた声で俺の名前を呼び、俺の指に絡めた自分の指を動かし始める。
快楽を追うことだけに夢中の恋人に誘われ、同じように快楽を追い始めた時、
それは聞こえた。

微かなドアを引っ掻く爪音とミャアという鳴き声。
寝室のドアの向こうではミュウが鳴いていた。

「ミュウを起こしてしまったらしい」

ミュウの鳴き声と俺の言葉に美月は潤んだ瞳を俺に向けた。

「仲間外れにされたと思って怒ってるんじゃないか?」

止みそうにない鳴き声に俺は身体を少し起こした。

「…だ…めっ…」

その俺を美月が押し留める。

「少し休憩だ。ドアを開けてくる」

部屋の中に入れてやれば静かになるだろう。
それに何時までも鳴かせたままにしておく訳にもいかない。

俺の言葉にも身体を離そうとしない恋人に俺は美月の腰に手を添えた。
だが、恋人はその俺の手首を掴んだ。

「…美月?」

「…開けない…でっ」

俺の手を剥がし、恋人は更に腰を擦り付ける。


『ミュウは貴方に夢中みたい』


じゃあ、お前は?


少し本音を滲ませた駆け引きが頭に蘇る。


じゃあ、お前は?

俺に夢中なんだろう?


「猫にまで嫉妬するのか?」

乱れ続ける恋人の胸に手を滑らせ、問う。
口調は自然に笑みを含んだものになった。

「…そう…っ…だよ…貴方は僕だけのものなんだから…誰にも…見せないん…だからっ」

少し浮かせた腰を自らの体重を借りて落とす。
深くなった繋がりに美月は甘い悲鳴をあげた。
その甘い悲鳴の意味が美月の身体を通して俺に伝わる。

甘い吐息にビクビクと震える身体。
俺はその身体を抱き寄せると美月をそっと横たえた。

「ミュウよりもお前の方が俺に夢中なんじゃないのか?」

まだ、解放した熱の余韻を味わっている身体に指を這わせ、余すところなく愛撫してやる。
一度、達した身体は敏感で些細な俺の指の動きにすら過剰に反応する。
既に俺の頭から寝室のドアの向こうで待つミュウのことは消えていた。

「…誰にも…渡さない…っ…だって…僕の世界にはもう…貴方しか…っあ…っ」

快楽で蕩けた瞳を向け、嬌声の合間に呟く。


『僕の世界にはもう、貴方しかいない』


それは嘘かもしれない。
もしかすると極上の駆け引きかもしれない。

だが それが美月の真実じゃないと否定する根拠もない。


愛してることだけが真実で他には何もない。
生きていることと同じくらいに全てが嘘のような顔で真実を呟く恋人を愛している俺がいる。
そして、その想いは息をすることと同じくらいに自然に思えた。

「凄い独占欲だな」

堪えきれない笑みが声に混じる。
まだ、繋がったままの身体を揺さぶると恋人はしなやかに俺の身体に絡み付いてきた。




























情事の後、ベッドの上に気だるげに身体を横たえたままの恋人のこめかみにキスを
一つ落とし、裸のままで起き上がり、そっと寝室のドアを開けて部屋の中にミュウを
招き入れる。

ようやく開いたドアの向こうでミュウは俺を見上げるとミャアと一声鳴き、素早くドアの
隙間から寝室に入り、ベッドに駆け上がった。
そのミュウの後を追い、俺も又、恋人の横に戻る。

枕元で薄闇の中、瞳を光らせるミュウの喉元を宥めるように撫でる。
その気持ち良さに瞳を細めながらもミュウは俺を睨んでいるようだった。

「ミュウが貴方に怒ってる」

楽しそうに呟く美月の瞳も微かな光を反射して輝く。
俺は二匹のしなやかな肉食獣を見ているような錯覚に陥る。

「開けるなと言ったのは誰だ?」

薄い暗闇の中で二匹の肉食獣はまるで兄弟のようだった。

「こちらを立てればあちらが立たずか」

苦笑混じりに呟く俺の首に美月が腕を絡ませる。

「そうだよ。だって、飼ったのは貴方なんだから。僕とミュウの嫉妬は覚悟してね」

もう一匹の機嫌取りをしたのが気にいらないのかさっきまで俺を独り占めしていた一匹が
キスを仕掛けてくる。


こちらを立てればあちらが立たず。


先人の教えは素晴らしい。
まさにその通りのことが今、この一つの部屋で現実になっている。
しかし、先人はじゃあ、どうすれば良いのかという答えまでは用意してくれなかったらしい。

全く、どうすれば良いのか。
差し込まれる甘くてほろ苦い美月の舌を味わいながら心の中でぼやく俺にミュウの
ミャアという嫉妬混じりの鳴き声が聞こえる。

どうやら、俺がこのマンションに引越し来ての最初の悩みは俺を魅了するこの二匹の
しなやかな肉食獣達の折り合いをどうやってつけてやるかということらしい。

しかし、その悩みは俺の二十九年間の人生の中で一番、幸福な悩みのような気がした。






■おわり■




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