… 幼君 … 前編
口の中であからさまな主張をしないながらも慎ましく自分の存在を主張し、主役に負けない、
いや、主役の味を更に際立たせる山椒のアクセントに俺は自然と口元を綻ばせた。
きっと、こんな大人の味はまだ無理だろう。
山椒なんて辛いと言って、眉を寄せるに違いない。
その眉を寄せた幼い顔を想像して俺は無意識に微笑んでいた。
「珍しいわね、貴方が思い出し笑いなんて」
俺の目の前に座るお相手はそう言って、探るような視線を俺に向ける。
「そうかな?」
「又、貴方の“幼君”のことでも思い出していたの?」
綺麗に形造られた唇が綺麗に弧を描く。
上質な大人の女の微笑みに俺は苦笑する。
「さぁ、どうだろう」
「貴方にそんな趣味があるなんてね」
「別にロリコンな訳じゃないさ。その証拠に貴方と今夜、俺はここにいる」
「どこまでも憎たらしい男ね」
そう言いながらも彼女の口元にはワインが運ばれ、彼女は勝ち誇った笑みを浮かべる。
“幼君”
頭にはふと源氏物語が浮かぶ。
散々、浮名を流した源氏が選んだのは幼い紫の君。
それは男の理想かもしれない。
自分の手で最高の傑作を造り上げる。
しかし、俺にそんな趣味はない。
これはもっと崇高な気持ちだ。
邪で歪な崇高。
相手はまだ15歳。
焦って、へたを踏む気はない。
じっくりとゆっくりと花開く時を待てばいい。
心はもう掴んでいる。
後は綺麗に花開く時を待って、その花の芳香をじっくりと味わえばいい。
今夜、一時を過ごすホテルのディナーはもう終わろうとしていた。
運ばれてきたデザートに彼女は微笑む。
もう少し甘い方が和実(かずみ)にはいい。
そうだ、ここのケーキを買って、明日、和実に会いに行こう。
山椒はまだ早いがケーキは喜ぶだろう。
そう思い、俺の心は浮き立つ。
「今度はなに?楽しそうね」
勘の鋭い大人の女に俺は余裕で微笑む。
「これからの貴方との時間を想像してたんですよ」
心にもない言葉はだけど山椒のように二人の今夜には必要だ。
「嘘つきね」
そう言って微笑む彼女の笑顔さえ嘘だ。
しかし、明日には本当の笑顔が見れる。
その本当の笑顔を想像しながら、俺は彼女とレストランを後にした。