… layla … 5
「ここ、良く来るの?」
直は向こう岸のイルミネーションを見詰めている。
俺はシートを倒して頭の後ろに腕を回した。
「良く来てたな。彼女の好きな場所だったんだ」
そう、此処は彼女のお気に入りの場所だった。
彼女と別れてから来たのは初めてだった。
「…辛くない?」
全く辛くないことは無かったが久し振りに来た此処は妙に懐かしくて安らぐ。
「…そうだな。でも今はいい想い出だよ」
「その人とは会ってないの?」
「あぁ、彼女は結婚してたからね。今頃はご主人と一緒にアメリカじゃないかな」
何故か直には何もかも話してしまいたいような気分になった。
失恋に大人も子供もない。胸の痛みは同じだ。今、俺と直は対等なんだろう。
「…なんで?だって、恭介モテるのに」
前を向いていた瞳が俺に向けられる。
「それはお前が一番わかってるだろう?」
そう、何人の人間に好かれてもたった一人の人間しか欲しくない。
それが恋というものだ。
「…そうだね」
小さく呟き、寂し気に瞳を伏せる。
俺は直が泣くのではないかと思った。しかし、直は泣かなかった。
だが、涙を見せない直の強がりが余計に俺の心を締め付けた。
直を抱き締めたいと思った。
「今度は俺が胸を貸してやろうか?」
冗談めかした言葉に含まれる本気に俺自身が一番驚いていた。
まさか…な。
頭をよぎった予感に苦笑する。
何を馬鹿なことを。相手は十三歳も下の子供だ。
きっと、こんな処に来たせいだ。此処はいろんな想い出が詰まり過ぎている。
俺にも感傷なんてものがあったことを思い出させる。
「…胸なんかいらない」
直の言葉に俺は意識を引き戻された。
「泣いたりなんかしない」
「…あぁ」
直らしい強がりを俺は見守った。
「でも…」
言葉が途切れる。
「…恭介がどうしても貸したいなら借りてあげる」
それが直の精一杯の譲歩ならそれでいい。
俺は吸い終わった煙草を灰皿に捨てると直に腕を伸ばした。
「おいで、直」
直の腕を掴み体を引き寄せる。
俺に引き寄せられるままに直は俺の胸の上に体を預けた。
「よく頑張ったな」
直を誉めてやり何度も何度も頭を撫でてやる。
「…恭介なんかキライ」
「あぁ…」
「…大嫌い」
「わかってるよ」
嫌いと言いながらも俺の手は振り払われることは無かった。
「…コーヒーカップ…ごめんなさい」
「気にしなくていいよ」
どうせ捨てようと思っていたものだ。
「…それに俺、酷いこと言った」
「俺だってお前を怒鳴っただろ」
「…俺、最低だよね」
いつも強気な直の弱々しい声に俺は苦笑するしか無かった。
「…お前はいい子だよ」
俺のシャツが握り締められるのが分かった。
「…嘘」
直の声は少し震えていた。
「嘘じゃない。お前はいい子だよ。俺が知ってる」
何も言わないまま直は俺の首に腕を回ししがみ付いてきた。
俺の首元に埋められた直の頭を変わらず何度も何度も撫でてやる。
「これでお相子だな」
そう、あの夜、俺は直の優しさに救われた。
自分の背中を撫でる温もりに癒された。
「…俺、泣いてない。それにまだ、諦めた訳じゃない」
少し元気を取り戻した声と強がりな言葉に俺は安心した。