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貴志に携帯を返してから五分後、俺名義の口座に五億は振り込まれていた。
振り込みの確認が終わり携帯から目を上げた俺は、どうだ、お前の願いは叶えてやったぞと
言わんばかりの顔をしている貴志と目が合った。

「これで満足したか?カイ」

吸い終わったタバコの先を灰皿の底に押し付け消した貴志が俺に笑う。

手に入れたいモノの内、一つは手に入った。
だけど、もう一つはまだだ。
そして、そのもう一つを手に入れるにはこれからが本番だ。
だから、俺は誘うように貴志を見詰めた。

「もう一つ、五億以外に欲しいモノがあるんです」

「五億もやったのにそれ以外にも欲しいモノがあるのか?どこまでも欲が
 深いんだなカイ。で、それは五億より値打ちがあるのか?」

俺の考えなんて分かっているくせに貴志は大袈裟に肩を竦める。
そんな貴志に俺はふとこの男が真剣になった時の顔を見てみたいと思い、そんなことを
考えた自分が可笑しくなった。

「五億より価値はありますよ。十分に」

「へぇ」

後藤達を部屋の外に出し、俺と二人きりになったのだからそういうつもりなのだと思った。
なのに貴志は俺をからかうだけで俺を眺める目には欲望のよの字も浮かんではいない。

同じ男として微かでも存在を認めた目でもなければ欲望を叩き付ける相手と思っている目
でもない。
まるで大人が駄々をこねている子供を見ているような目。
貴志と俺の立場からすればそれは当然なのに。
何故かその目に苛立った。
だから俺はソファから立ち上がり、座ったままの貴志の前に歩み寄ると貴志の横に左膝を
つき、貴志の肩に手を置いた。

「五億ともう一つ。あなたが欲しいんです」

自分でも馬鹿なことをしてる自覚はあった。
自分を抱くつもりのない男に何故、こんなことをしているのか。
貴志を抱き込むなんてことは所詮、無理なことなのに。

「どうした?俺に惚れたのか?あのカイが?」

顔を上げ、からかうように貴志が笑う。

「あなたが、あなたの後ろ盾が欲しいんです」

そんな貴志の肩に置いていた右手を貴志の頬に滑らす。

「俺を手玉に取ろうってのか?」

「…っ!」

一瞬のことだった。
貴志の頬に滑らせていた俺の右手の手首を掴むと貴志は笑った。
だけどその笑いは貴志に会ってから初めて見た笑いだった。


頭が身体がヤバいと判断した頃には既に遅かった。

何が起こったのか理解出来ないまま気が付いた時には俺の身体はソファの上に押し倒され、
俺の上には貴志が覆い被さり、人殺しの目で笑いながら俺を見下ろしていた。


天井からぶら下がる父の姿を見てから何を見てもどんな目にあっても怖いと思ったことなんてなかった。
腹を刺されたあの時でさえ恐怖は感じなかった。

なのに…

丁寧に扱われているのに俺の肌を弄る貴志の手が、舌が怖かった。
いや、丁寧だからこそ怖い。

「あ…ぁ…っ…は…んっ」

上半身にワイシャツだけの姿で俺は貴志の太股の上に跨り、貴志に貫かれていた。
首筋には貴志の舌が這い、俺の腰を掴んだ貴志の両手はもはや自分では動けなくなった俺の
身体を上下に動かしていた。
そして、静か過ぎる部屋の中には俺の喘ぎ声と貴志の息遣いとお互いの粘膜が擦れ合う卑猥な
音だけが響いていた。


『カイ、修羅場を掻い潜ってきた割には本気にさせていい男とそうじゃない男が
 いるのは学ばなかったのか?』


俺を押し倒した貴志はそう言うと俺の口を自分の口で塞いだ。
















息も出来ないほどの激しいキスは俺の理性を簡単に奪っていった。
ジャケットを剥ぎ取られ、ネクタイを解かれ、スラックスも脱がされ、貴志の舌と手が
俺の身体の至る所を這い回っている間、俺は恐怖で抵抗すら出来なかった。

怖かった。
だけどそれは生命の危機を感じての怖さではなかった。

支配される。

そう、支配される怖さだ。
何もかもを貴志の思い通りに造り変えられる怖さ。

意地やプライドなんてモノは貴志の前には無意味だった。
いや、そんなモノ持てなかった。
身体中を貴志の舌が這い、手が触れる。
時間をかけて俺自身と俺の中を貴志の指が支配した頃、俺は貴志にイかせて欲しいと
懇願していた。
















もう何度イったかは覚えていない。
自分で動けない俺の為かそれとも今の体位に飽きたのか貴志は俺の中に自身を収めたまま俺を
ソファに押し倒すと又、俺を抉り出した。

「あぁ…っ」

奥深く。
俺ですら知らない俺の奥に貴志はいる。

小刻みに揺すられたり奥深くに捻り込まれたり。
散々、繰り返され、もう理性を失くし貴志に溺れている俺の耳元に貴志は唇を寄せてきた。

「一度、お前に突っ込むと他じゃ満足出来なくなるってのは嘘じゃなかったんだな。
 なぁ、カイ、お前、てめぇの中がどんなふうか知ってるか?」

「知らな…っ…」

そんなこと知るわけがない。
そう思い、首を左右に振る。

「俺に絡み付いてくるぞ。これでもかってくらい縋り付いてくる。女でもここまで
 具合がいいのは滅多にいない」

「うるさっ…あっ…」

かつてパトロン達に口にされても何も感じなかったのに。
貴志に口にされると馬鹿にされたような気がして俺は僅かに残った力を振り絞り貴志の
肩に噛みついた。
一瞬だけ貴志の動きが止まり、肩の痛みに顔を顰める。
だけど、それは一瞬だけで貴志はすぐに質の悪い笑顔を取り戻した。

「男でも女でも、いや、男なら尚更、気の強い奴はいい」

俺が聞いていてもいなくてもいい。
そんな風に貴志は呟くと激しく腰を使い始めた。

「やっ…っ…」

「なぁ、カイ。俺を手玉に取るんだろう?手玉に取って飼い慣らして、
 飼い犬にするんだろう?」

ふざけるように言う貴志の声は掠れていて貴志の終わりが近いことを俺に教える。

「カイ、今から中に出してやるからな。しっかり俺を刻みつけろよ。
 そんな腹の傷なんかクソだと思えるくらい俺を刻みつけろ」

「あぁ…っ…っ」

腹を抉られた時よりも激しく俺を抉る貴志の顔を見詰める。
するとそこには眉間に皺を刻み、快楽だけを追う貴志の真剣な顔があった。


















身体の奥深くに貴志を刻み込まれた後、ソファから起き上がれずにいる俺の足元に座り、
貴志はタバコを吸い出した。
貴志の吐いた煙が寒い蛍光灯の灯りの中、消えていくのを俺は黙って見ていた。
指一つ動かすのさえ億劫になった俺の太股を貴志がゆっくりと撫でる。

「その体じゃ動けねぇだろう?だから、今日は送ってやる。お前が畠中に
 何を仕掛けるつもりかは知らねぇが、望み通り、お前のケツは持ってやる。
 だから、好きなようにやってみろ」

裏切りと騙し合いはヤクザの代名詞だ。
なのに何故か貴志の言葉は信じられるような気がした。

でも、何故?

「どうして…?」

ソファの肘掛けに置いていた頭を上げ、貴志を見る。
思わず口にした俺の疑問に貴志は顔を天井に向けた。

「そうだな、丁度、退屈してたところだしな。それに」

「それに?」

途中で切られた言葉の続きを求め、無理矢理、体を起こした俺に貴志は天井に向けていた顔を
俺の方に向けると悪戯を思いついた子供みたいな顔をした。

「お前、生まれた日はいつだ?」

「…六月三日です」

どうして、こんな時に誕生日をと思いながらも答えた俺に貴志は笑みを深くする。

「俺も六月三日だ。六月三日生まれの奴は強運に恵まれてる」

「…」

まさか、そんな何の根拠もない思い込みで?
呆気にとられ、俺は言葉を失くした。

「なぁ、カイ。知ってるか?六と三を足すと九、つまりカブになるんだぞ」

カブ…

「腹から出てきた時からカブなんだよ」

ヤクザらしい。
元々、貴志の所属する組織は博徒から始まった組織だ。

カブ

俺がカイで畠中の息子ということまで調べていたのなら俺の誕生日なんて最初から
知っていたんだろう。
散々、気負っていたのに五億の融資と後ろ盾を得られた決め手が誕生日…
あまりの馬鹿らしさに俺は声を洩らして笑った。

「カイ、世の中なんてもんは大概、そんなもんなんだよ」

俺が何故、笑い出したか分かったんだろう。
貴志が言う。

五億もの融資をする理由がそんな簡単な理由でいいのか。
どこまでが本気でどこからが嘘なのか。
それとも誕生日のことは嘘なのか。

全く掴めない貴志という男を俺は笑うのを止め、見詰める。

「まぁ、せいぜい、俺をがっかりさせないでくれよ」

自分を黙って見ている俺に貴志は掴みどころのない笑顔を浮かべる。


“俺をがっかりさせるな”


貴志の言葉にこれじゃどっちが飼い犬か分からないと思いながら、俺は静かな部屋の中、
掴みどころのない貴志の笑顔をいつまでも見ていた。






■おわり■




novel

2008.12.15